… 最初の恋 … 8






恭介の作ってくれたスペシャルディナーを食べ、後片付けを二人でし、俺は
ソファーに移動した。
そのソファーに恭介はデザートのもも苺と一緒にワインとグラスを持って来た。

「ワイン飲むの?」

ディナーの時には出なかったワインとワイングラスにしては細長いグラスの登場に
俺は隣に座った恭介に尋ねた。

「ワインじゃない、シャンパンだ」

「シャンパン?」

「あぁ」

不思議そうに聞く俺に恭介は微笑んでる。

「映画の受け売りみたいだけどな。たまにはそういうのもいいかなと思って、
 それに苺とシャンパンが合うのも事実だしな」

そういえば昔、学校で女の子達が騒いでた。
何かの映画で主人公の女の人と相手の男の人が二人で苺を食べながらシャンパンを
飲むシーンがあってあんなことしてみたいって。

そんなことを思い出してる俺の横で恭介は器用にワインを開けるナイフでシャンパンを
開けてる。

ポンっという音がしてコルクが抜ける。
シャンパン用のグラスに注がれたシャンパンは淡い綺麗な金色をしていた。

「乾杯しようか」

恭介の言葉を合図にお互いのグラスを合わせる。
シャンパンを一口飲み、苺を食べる。
それは今まで味わったことのないデザートでなんだか少し大人になった気がした。

「おいしい」

「それは良かった」

優しい微笑みを浮かべて恭介はシャンパンを飲んでる。


甘い苺に甘いシャンパン、そしてそれより甘い恭介の笑顔。

どこまでも甘い時間。


苺を頬張る俺の隣で恭介はソファーの背に腕を掛けて優雅にシャンパンを飲んでる。

「苺、食べないの?」

さっきから恭介は一つも苺を食べていない。
それが不思議で俺は尋ねた。

「俺はいいよ」

「なんで?甘くておいしいよ」

こんなに甘くておいしいのに。
苺は恭介も嫌いじゃないはずなのに。
俺の為に食べないんだろうか。

「俺だったら…――」

沢山、食べたからいいよ。

そう言おうとした俺の言葉は恭介の言葉で遮られた。

「俺にはお前の方が美味しそうだけどな」


恭介の眼差しに急に酔いが回り始める。

昨日までの俺を見守るような視線とは違うまるで俺を愛撫するような身体に
絡み付く視線。

その身体を撫で回されてるような視線とシャンパンの酔いが俺の理性を簡単に
さらっていく。

もう今までみたいに守られてるだけじゃない。

俺は恭介と対等に愛し合える恋人になった。

ずっと追いかけてた背中は今、俺の目の前に、触れるところにある。

そんな嬉しさから俺は恭介の膝の上に跨って恭介と向かい合って座った。
俺を下から見上げる恭介の髪に指を絡める。

「俺のこと食べたい?」

酔いのせいで焦点の危うい目で恭介を見下ろす。

「…あぁ、食べたい」

「ねぇ、俺とHして気持ち良かった?」

恭介の髪に絡めていた指を耳に移し今度は耳をなぞる。
そんな俺に恭介は困ったように笑った。

「あぁ、良かった。お前はどうだった?」


多分、素の俺ならそんな質問、答えられ無かったと思う。

でも、シャンパンは俺の羞恥心さえさらっていってしまった、らしい。

「変になっちゃうかと思うくらい気持ち良かった。ねぇ、だから今日も
 いっぱい気持ち良くして」

そう答えた俺を恭介は眩しそうに目を細めて見た後、苦笑いを顔に浮かべた。

「…お前は。何処でそんなことを覚えて来たんだ?」

恭介の手がゆっくりと俺の首を撫でる。

「…恭介のせいだから。恭介が俺を大人にしたんだから。ちゃんと責任とって」

首を撫でていた手が下に下り、ゆっくりと今度は鎖骨をなぞりだす。
その恭介の手に俺は自分の手を重ねた。

「責任か。じゃあ、俺はお前に俺を情けない男にした責任を取ってもらわなきゃな」

軽く微笑む恭介の顔を俺はジッと見詰めた。


情けない男?
恭介が?

そんなこと有り得ない。

だって、恭介はいつだってかっこよくて大人で俺はそんな恭介を追いかけるのに
必死なのに。


「…情けない男って、なんで?」


分からない。

有り得ない。


疑問でいっぱいの俺を無視して重ねていた手が頬に移る。

恭介は溜め息を一つついた。

「ミーティングの間中、昨日のお前の顔がちらついてミーティング
 どころじゃ無かったよ。お前を食べることばかり考えてた。
 いい年をして、これじゃまるでサカリのついた猿だ」

独り言のように言って気まずそうに笑う。


うそ…

それって仕事中ずっと俺とHすることばかり考えてたってこと?

…なんか、恭介って…

自分より十三歳も年上で何でも余裕でこなす恭介を俺は初めて可愛いと思った。

俺が気付かなかっただけで遠いと思っていた背中は本当は近かったのかもしれない。

そう、俺が気付かなかっただけ。


「恭介って可愛い…」

堪えられなくて笑いながら言った俺に恭介は苦笑いを浮かべてる。

「大人をからかうな」

少し眉をしかめてる。

からかってなんてない。
だって、すごく嬉しくて。

嬉しい気持を伝えたくて俺は恭介の額にキスをした。

「ねぇ、好きなだけ食べて。恭介に食べられたい」

そんな俺の言葉に恭介は困った顔をしてる。

「そうしたいところだけど今日は止めとくよ」

恭介は俺の身体を心配してくれてる。

「俺、大丈夫だよ」

本当はちょっと、怪しい。

でも、困ってる恭介をもう少し見ていたくて俺はそう答えた。

「駄目だ」

「じゃあ俺、口でしてあげる」

恭介が溜め息をつく。

「お前は…無邪気な顔してそんなことをサラッと言うんじゃない」

いつもの余裕たっぷりの恭介はいない。
本当に困った顔をしてる。

「ずるい。昨日、恭介は俺にしたくせに…」

調子に乗ってなおも続ける俺に恭介はもう一回溜め息をつくと不敵な笑顔を見せ、
簡単に腕で俺の身体をずらし俺をソファーに押し倒した。

「今日は止めておくって言っただけだぞ。明日からは覚悟しろよ。
 止めなくていいって言ったのはお前だからな」

さっきまで困ってたくせに。

俺の目を見詰めて言う恭介の唇はもう不敵な笑みを浮かべてる。
その笑顔に俺は俺の天下があっさりと終わったことを悟った。

「ちょっとっ、力任せなんて卑怯!」

簡単にいつものパターンに戻ったことがシャクで恭介の身体の下で暴れてみるけど
酔って力の入らない今の俺じゃ恭介はびくともしない。

「いっぱい気持ち良くなりたいんじゃなかったのか?」

そんなHな言葉を耳元で囁かれ、耳朶を甘噛みされる。

「……あ…っ」

それと同時にシャツの裾から入り込んできた手に脇腹を撫でられ俺は思わず声を
洩らしていた。

そんな俺を恭介は嬉しそうに見下ろしてる。

「…ばか……」


しょうがないから今日は敗けてあげる。
自立ももう少し後にしてあげる。
もう少しだけ恭介の手の平の上で転がされていてあげる。

もう少しだけ、俺の前を歩いていいよ。

だって、絶対いつか追いついてやるんだから。

俺は恭介に愛されながら独り、心の中でそう誓うと恭介の顔を引き寄せ宣戦布告の
キスをした。






■おわり■