… 愚か者 … 2










一人の人間と長続きさせたことはなかった。
お互い、承知の上の短い間だけのパートナー。
一緒に食事をして、適当な会話を楽しんで。
相手は純粋な欲望を、そして、俺は手入らない羽賀を羽賀以外の人間に求めた。
そんな俺の狡さを責められているようで、俺は言い訳すら言えなかった。

「…あの男と付き合ってるのか?」

この場を取り繕う言葉すら言えず、ベッドの上で金縛りにあったように動けずにいる俺に
羽賀はゆっくり振り返り、さっきと同じ台詞を繰り返した。

「…あの男に惚れてんのか?」

部屋の薄暗さに慣れた俺の目に少し怒ったような羽賀の顔が見える。
こんな時なのに。
俺に羽賀の顔が見えてるなら羽賀にも俺の顔は見えてるんだろうかと、そんなことを俺は
思った。

「…なんか言ってくれよ」

怒ったような顔が何故か苦しく歪む。
どうして、そんな顔をするんだと聞きたくて口を開きかけた時、俺の両肩は羽賀の両手で
掴まれた。

「…俺は…っ」

両肩を掴まれ、ベッドの横の壁に背中を押し付けられる。
俺はと言ったきり、羽賀は俺の肩を掴んだまま俯いた。

「…羽賀…」

ごめんと口にしかけ、俺はそれを止めた。
それは俺のプライドだった。
ここで、謝る言葉を口にしたら羽賀を想っていたことまで汚れてしまう気がした。
何かを耐えてるような羽賀の指が肩に食い込み、酷く痛む。

「…羽賀…肩が…」

肩の痛みに羽賀の指を外そうと羽賀の右手に右手で触れる。
だけど、外そうと思った指は簡単には外れなかった。

「分からないんだ…俺…分からない」

まるで、泣いてるような声だった。

「…お前に分かって貰おうとは思ってないよ」

外れそうにない羽賀の指に逃れることを諦め、体の力を抜く。
いっそのこと壊れればいいと半分やけくそになり呟いた俺の言葉に羽賀は顔を上げた。

「違う…そうじゃない」

何が違うのか。
もう考えることすら諦めた俺から羽賀は視線を外す。

「なんで…お前なんだ…?お前じゃなかったら…他のヤツだったら…知らん顔出来たのに」

苦しそうに羽賀は息を吐く。

「…あの日からダメなんだ…誰とヤっても、お前の顔がチラついて…お前はヤってる時、
 どんな顔をするんだろう。どんな声を出すんだろうって…そんなことばっか考えて…」


嘘だろう…?
どうして、そんな。

羽賀の言ってることが何を意味するか分からない歳じゃない。
だけど、手に入らないんだから諦めろと自分に言い聞かせてきた十年間が簡単には俺を
自由にしてくれない。

「…お前、酔ってるだろ」

でなきゃ、そんなこと。

少しだけ苦笑いを含ませたセリフの声はみっともなく震えた。

「酒は飲んだ、けど酔ってない」

はぐらかされたと思ったのか羽賀の声は真剣味を帯び、逸らされていた視線は俺を捉えた。

「あの男と続いてるのか」

「羽賀…」

「…なぁ、なんで…今まで、俺は気付かなかったんだ?」

俺の肩を掴んでいた指が外れ、羽賀の額が力無く俺の肩口に凭れ掛かる。

「これじゃ、ただのバカじゃないか…自分の気持ちに気付くのに十年掛かるなんて…」

俺の肩に額を付けたまま羽賀は話し続ける。

「他の奴にとられてから気付くなんて…バカだろ…?」

羽賀の声から羽賀が今、どんな顔をしているかは想像出来た。

十年。
そう、十年。


「…ただの馬鹿じゃない。大馬鹿だ」

「え…?」

溜め息混じりに呟いた俺の言葉に驚き、羽賀は顔を上げた。

「大馬鹿だよ、俺達…」

「佐野…?」

俺の前には、呆気にとられた羽賀の顔があった。
そう、十年間、見詰め続けた羽賀の顔が。

「お前が、お前自身で確かめろよ」

呆れるほど長かった十年間は、熟成期間だったんだろうか。
俺と羽賀の。
俺達の。

「俺がヤってる時、どんな顔するか、どんな声出すか。確かめろよ」

挑む目付きで、セリフで。
誘うなんて甘いモノじゃなく。
暴いてみろとそそのかす俺の耳に羽賀の喉が鳴る音が聞こえた。

「…本気で言ってるのか?」

羽賀の乾いた声は明らかに欲望を含んでいた。

「十年間、待ったんだ。十年分、俺を満足させろ」

視線が絡み合ったのは一瞬だけだった。
唇が触れた途端、みっともない位、余裕なく舌を絡ませ合いながら二人でベッドに
倒れ込んでいく。
中途半端に脱がされたパジャマも何もかも、もうどうでも良かった。

「ん…っ」

忙しなく絡ませ合った舌が一瞬外れた時に洩れた俺の声は恥ずかしいほど濡れていた。

「…ヤバい…想像以上だ」

唇から離れ、耳に寄せられた羽賀の口から発せられた笑みを含んだ掠れた声が
鼓膜すら愛撫する。

「…あ…ぁ…っ…」

胸を泣きたくなる位、攻めていた羽賀の手は脇腹を辿り、俺自身を捉えた。
待ち望んだ刺激に腰が堪えきれず揺れた。

「は…が…っ」

羽賀の名前を呼びながら羽賀の手に自分の手を重ねる。

「どうすりゃいい…教えてくれ。お前ん中に入りたい」

熱い息遣いと掠れた声。

「…っ…指…っ…指で…慣らして…」

「あぁ…」

まるで、俺を宥めるようなキスが首筋や胸に降りる。
気が遠くなるほど慣らされて、もう限界だと感じた時、それは与えられた。

汗で額に貼り付いた髪も、眉間に皺を刻んだ羽賀の顔も、苦しいくらい広げられた足も、
全てが俺を満たした。

「は…っ…あ…っんっ」

「辛かったら言えよ…」

俺を気遣う言葉を言いながらも羽賀に余裕がないことは羽賀の腰の動きで分かった。
むしゃぶり付かれて追い上げられる快感に何もかも曝け出して泣きながら俺は何度も羽賀の
名前を呼んだ。

まるで何かに追われるように二人して駆け上がり、時間差で堕ちていく。
だけど、堕ちた先には温かい羽賀の腕があった。





















「あーなんか、悔しいな」

ベッドから降りた羽賀はタバコを口に銜え、頭をがしがしと掻いている。

「なんだ、いきなり。それよりも俺にもくれ」

そんな羽賀にベッドでうつ伏せに寝たまま、タバコをねだる。

「あぁ?なんか、もっと早く自分の気持ちに気付いてたらお前のエロイ声とか、エロイ顔とか、
 沢山、見れたんだろうなってさ」

自分の口に銜えていたタバコを俺の口に運び、羽賀はしれっと恥ずかしいセリフを口にする。

「…そういうの止めろ」

「んー?ナニ?照れてんの?あんな俺の理性ぶっちぎる誘い文句、口にしたくせに?」

ベッドに顎を乗せ、羽賀はタバコを吸う俺をにやにやと笑いながら眺めている。

「うっさい」

その羽賀の頭を軽く小突くと羽賀は俺の手を掴み、自分の口元にもっていった。

「もう、他のヤツで間に合わすなよ」

「…お前も、だろ?」

「あぁ、お前とヤっちまったら、もう他のヤツなんかじゃ勃たねぇよ」

「ばーか」

ただ、ひたすら甘いだけの遣り取りと空気が居心地悪くて、つい憎まれ口をきいてしまう俺を
羽賀は恥ずかしいくらい優しい目で見詰めてくれている。
そして、俺は友人の位置では見れなかった、その目に改めて手にしたモノの大切さを感じて
微笑んだ。




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