… 
open your eyes …










ずっと、見ていた。

悔しいくらいの熱情で。
吐気がするくらいの激しさで。

俺にとってはチャンスだった。
例え、それが、あの人にとっては身を裂くような悲しみだったとしても。















「後悔してますか?俺とここに来たこと」

脱いだコートをソファーに無造作に投げ、ネクタイを緩めながら、振り返る。

「…」

答えない三住(みすみ)さんは、目を伏せた。
平静を装いながらも俺の手は微かに震えていた。

「まだ、忘れられませんか?」


彼のことを。


「…もう…終わったことだから…」

立ち尽したままの三住さんの前に歩み寄る。

「忘れてないなら、それでもいいですよ」


忘れて。


「俺を利用すればいい」


言い訳を。
傷付かない為の言い訳を。


「…僕は」

躊躇いを滲ませた目を見詰める。

「俺のことを彼だと思えばいい」


彼とは違うから。
貴方を悲しませたりはしないから。


「目を閉じて」

俺の言葉に目を閉じた三住さんの右手をとり、俺の顔に導く。

「目を閉じて、彼の代わりでいいから」


俺を感じて。

俺だけを感じて。

頬にある手を唇に導く。
たどたどしく俺の唇の形をなぞる指に軽いキスを落とす。
俺のキスに驚いて、引っ込めようとする手を強く握り締める。

「…目を開けないで下さい」


泣きそうな顔を貴方に見られたくないから。

息を詰めていた緊張感が切れ、ゆっくりと湿った空気が俺達を包む。
抱き寄せた三住さんの細い体は少し震えていたが、俺のキスを拒みはしなかった。

























愛してるという言葉や、俺の想いは今の貴方を追い詰めるだけだから。
そっと、目を閉じよう。
貴方が目を閉じているように。
俺も目を閉じよう。
自分の想いに。

明るい飴色のライトの中、三住さんだけが暗闇の中だ。
たどたどしい指に俺は何度も口付けた。

顔も、指も、キスも、全て彼とは違うから。
彼の代わりでも、彼とは違うから。

ゆっくりと繋がったところから、悦楽が広がる。
握り締めた三住さんの指を唇に導き、指先に軽く歯を立てる。

「…ぁ…っ…」

目隠しをした三住さんは俺の行為に小さな声を洩らした。

「もっと…感じて」

視覚が遮断されてる分、感覚は鋭利になる。
指の腹さえも舌でなぞればそれは愛撫だ。
指の腹を愛撫しながら、左手で三住さんの太股を掴み、三住さんの羞恥心を煽る為に
殊更、大きく開く。

「…ぃ…ゃ」

抵抗の声を洩らしながら、俺の左手を探し、さまよう手を俺は三住さん自身に導く。

「分かりますか?三住さん…こんなになってる」

「…い…ゃ…」

泣きそうな声は俺を煽り、その声に煽られ、俺は腰を深く進めた。

「あ…っ…」

暗闇の中で想い描くのは彼の顔かもしれないけど、今、三住さんの中にいるのは俺だ。
彼とは違う律動に、彼とは違う愛撫。
そして、彼を上回る想い。
それは俺のプライド。
確なプライド。

何かを求める三住さんの腕を手にとる。
手にとった腕は俺の顔を探し出し、俺の顔に触れる。
熱い息使いは俺だけじゃない。
俺の目から一粒の涙が溢れ落ちた。
そして、その涙に三住さんの指が触れた瞬間、俺は三住さんに引き寄せられた。

「…靖志(やすし)」

囁かれた自分の名前に時間が止まった。
空いてる三住さんの手がゆっくりと三住さんの目隠しをとる。
動きを止めたままの俺に三住さんが悲しそうに笑う。

「…ごめんね。君だけがずっと僕を見てくれてたのに…今、気付くなんて」

「三住さん…」

「君は彼じゃない。彼とは違うのに」

俺の頬を撫でている手は間違いなく三住さんの手で。

「今、気付いたから…やっと、気付いたから」

何度も見た夢とは違うリアルな手の感触に俺は涙が止まらなくなった。

「顔だって、声だって…こんなに違うのに」

俺の涙を拭ってくれる優しい手に俺は自分の手を重ねた。

「ずっと…ずっと…」


好きでした。
例え、三住さんの心が俺にはなくても。

永すぎた想いは簡単に口には出せなかった。

「うん…言わなくても伝わってるから」

まるで、子供をあやすように抱き寄せられ、触れた三住さんの肌は温かかった。

「やっと、気付いたから」

三住さんの言葉に二十六にもなって俺は裸のまま、三住さんに抱き締められながら泣いた。
そんな俺の背中を三住さんはずっと撫でてくれた。

裸で、しかもベッドの上で、想い人の胸で泣いてる俺は最高に滑稽だ。
その滑稽さに恥ずかしくなった俺が顔を上げると三住さんは俺の額に口付けた。

「続き、どうする?」

俺を気遣う年上の想い人の笑顔に俺は苦笑を返した。

「三住さんが嫌じゃないなら」

「嫌、だと思う?」

「嫌じゃないことを祈ってます」

駆け引きのような遣り取りに俺達は顔を見合わせ、苦笑した。

「続き、しよう。今度は目隠しなしで。ちゃんと靖志を感じたい」


閉じていた目を開いて。
ちゃんと俺だと分かって。

これはスタートにすぎない。
三住さんの気持ちを俺に向けられるかどうかはこれからの俺の努力次第だろう。
でも、スタートに辿り着けただけで、俺は幸せだった。

閉じていた目を開いて。

マンションの外では、新年を迎えた賑わいに街が包まれ始めている。
その微かに聞こえる賑わいの声に微笑みながら、俺は想い人を抱き締めた。






■おわり■




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