… モーツァルト …










久し振りに見る恋人の顔は重厚感のあるバーの少し落とした金色の光を受け、輝いている。

気の強そうな、それでいて気品高い大きな瞳に少し低い鼻。
薄いのに弾力のある唇。
そして、首元から覗く白い肌。

その余りの美しさに俺は頼んだボウモアを飲むことも忘れ、しばし、恋人の横顔に見惚れた。
その俺の視線に気付き、さっきまで白かった肌が薄い桃色に染まる。

「…僕の顔に何かついてますか…?」

大きな瞳が伏目がちになり、指が困ったようにカクテルグラスの足に絡む。

「いや、余り綺麗なんで見惚れてた」

正直な俺の返事に困惑気味の瞳が俺に向けられる。

「……からかわないで下さい」

困った顔に少し照れを含んだ声。
紆余曲折を経て、恋人という関係になって三ヶ月が経とうとしているのに恋人はまだ、
敬語が抜けない。

「からかってなんていない。その証拠に君が余りにも綺麗なんで今夜は
 帰したくなくなった」

微かな笑みを浮かべ、恋人の好きな甘い声で囁いてやる。

「明日の講義は?」

優先するつもりのないスケジュールを聞く自分に心で苦笑する。
例え、明日の講義が朝からだったとしても今日は帰さない。

「…午後からです」

俺の心を読んだのか、それとも同じ気持ちなのか恋人は伏せていた瞳を上げ、羞恥に
戸惑うように答える。

「それは良かった。これが無駄にならずに済んだ」

静かなバーで俺は恋人にだけ見えるようにそっとスーツの内ポケットからホテルの部屋の
カードキーを出す。

今夜は携帯の電源も切ろう。
どんな大惨事が起きようが世界が終わろうが俺の知ったことじゃない。
今夜だけは恋人をこの腕に抱いて、ゆっくり一緒に眠りたい。

そう、今夜だけは。

「あと、もう一杯だけ飲んだら、ここを出ようか」

俺の提案に恋人は頷く。

「じゃあ、君のおかわりは私が頼んでもいいかな?」

「…はい」

恋人の返事を確認し、バーテンダーに恋人のおかわりをオーダーする。
新しいカクテルが出てくるまでしばし、二人で他愛のない話をする。
少し会話が途切れた頃を見計らって、バーテンダーが新しいカクテルを恋人の前に差し出す。

「ドン・ジョバンニです」

自分の前に差し出されたチョコレート色のカクテルに恋人は少し目を瞠る。

「これって…」

「そう。甘い物は大丈夫だろう?」

それはこの日の為のカクテルだ。
二月十四日。
バレンタインデー。
好きな人に愛を告白する日。

世間と多少勝手が違うのは同性同士なのだからこの際、しょうがない。

「君にこれを贈りたかった」

カウンターに頬杖をつき、グラスを見詰めている恋人を見詰める。

「ありがとうございます」

驚きの表情がやがて、綺麗な笑顔に変わり、俺に笑いかけると恋人はグラスに唇を寄せ、
カクテルを一口飲む。
そのカクテルが恋人の白くて綺麗な喉を通る様に俺は見惚れる。
その光景はとても綺麗なのに何故かエロティックで、俺は自分の中に燻りだした欲望に
苦笑を洩らす。

早く抱きたい。
抱いて、あの綺麗な喉に噛み付きたい。

とっくの昔に忘れたはずの青い欲望が今更ながらに俺の中に湧く。
しかし、目の前の年下の恋人は自分がそんな目で見られてるとも知らず、無邪気に幸せそうな
微笑みを浮かべ、カクテルを飲んでいる。
無邪気で無防備な年下の恋人の振る舞いは時に残酷で。
俺は苦笑しながら、逸る気持ちを隠す為に最近、止めたはずの煙草に火を点けた。






■おわり■





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