… 
love is … 2(武史視点)










サラダもシナモントーストも完璧。
部屋の中はコーヒーメーカーから漂う芳ばしいコーヒーの香りで満ちている。

「よし、完璧」

俺は一人、声を出してそう言うとやっと手に入れた恋人が眠っている寝室に向かった。
黒と白を基調にした無機質な部屋の中で恋人の眠っているその場所だけがパステル調の
暖かい色彩を放っていると感じるのは俺の欲目だろうか。
横向きでシーツに埋もれ眠る顔をベットに手を着き、眺める。


いつから好きになってかなんて忘れた。

気が付いた時には夢中だった。

自分に向けられるはにかんだ笑顔に何度、無理に抱いてしまおうかと思ったかしれない。
チャンスは数え切れない程あった。
でも、それをしなかったのは俺を信頼しきってる真を傷付けたくなかったから。
恋愛で臆病になったのはこれが初めてだった。
だから、俺は罠を仕掛けた。

ずるい大人の罠―

純粋な真ならすぐにかかるだろうことを予想して。
そして、俺の予想通り、真は俺の事を好きになった。

真は俺と付き合うことも俺のマンションに来ることも全て自分で、自分の意思で決めたと
思っているんだろう。
本当はそうなるように仕向けられたことも知らないで。

抱かれたことさえも自分が選んだことだと…


何も知らず眠る真の髪を優しく手で撫で、耳の後にちゅっと口付ける。

「…う…ん…」

そして、そのまま唇を項に移動させ軽く吸い上げる。

「真、もうお昼だよ」

耳元で囁くと閉じていた瞳がゆっくり開いた。

「…武史…さん…?」

まだ夢の中から覚めていないらしい真は俺を見付けて不思議そうな表情をした。

「…どうして…?ここは…」

昨日の自分の喘ぎ声に羞恥した表情も可愛かったけど寝起きの幼い表情も可愛い。

「ここは俺のマンションだよ。昨日、真、俺のマンションに泊まったんだよ」

どうやら徐々に目が覚めてきたらしい。
不思議そうな表情にだんだん紅みがさしてくる。

「…僕…」

シーツを顔まで引き上げようとする手を軽く掴む。

「おはよう」

顔を覗き込むようにして言った俺から真は視線を外す。

「…おはよう…ございます」

そんな、自分の仕草に俺がどれだけ煽られるか気付いていない。

「おはようのキスがしたいんだけどダメ?」

オオカミのくせに優しい羊の面の笑顔を貼り付け、ねだる。
俺の計算ずくのお願いに真は小さく頭を横に振った。
そっとベットに潜り込み愛らしい頬を手で包む。

「真、目、閉じて」

俺の言葉に素直に長い睫毛が伏せられる。
自分は目を開いたまま、そっと真の唇に触れる。
閉じられた歯を催促するように舌でなぞると少しずつそれは開かれた。
歯列をなぞり、上顎を愛撫し、舌に触れるか触れないかのじれったい愛撫を繰り返した後、
俺は深く舌を絡ませ真の舌を吸い上げた。

「…ふっ…ん」

細胞まで染み込むような甘い吐息混じりの声。
そして、俺のシャツを握る指は微かに震えている。

このまま、今日一日中でもこの体に溺れていたい―

しかし、昨日が初めての真の体の事を考えるとそれは無理な事だろう。

「真、シナモントースト作ったから一緒に食べよう。でも、その前にシャワー浴びておいで」

真の唇を解放し囁く。
コクンと頷いて俺を見つめ返す瞳はキスのせいで潤んでいた。

無自覚な挑発ほど質の悪いものは無い。
俺は心の中で苦笑するとベットから降り、バスローブ姿の真を抱き上げた。

「た、武史さん!」

慌てる真に微笑む。

「…僕、大丈夫だから自分で…」

「無理しなくていいよ。身体、辛いだろ。それに俺は真に甘えて欲しいんだけど、嫌?」

真の口から嫌なんて言葉が出ないのは百も承知だ。
何故なら俺のこのねだるような笑顔が真にどれだけの効果があるかは俺が一番良く
知っているから。

控えめに俺の首に腕を回す真をバスルームの前で降ろす。

「着替えは俺の物だから大きいと思うけど。ブランチが終わったら今日は二人で
 のんびりしよう。ね?」

今日一日の予定を告げる俺に真はとびきりの笑顔を浮かべると小さく頷いた。







ありふれた休日のありふれた時間―

しかし、真が居るこの風景を手に入れるのに半年かかった。
我ながら自分の忍耐強さに拍手を贈りたい気分だ。
ブランチの片付けを終え、昨日、レンタルした真が見たいと言っていたDVDをセットし真の
横に座る。

「好きな子が、自分の服を着てるのってなんかいいよね」

独り言のように呟いた俺に真は不思議そうな表情をする。

「なんか俺が、ずっと真を抱き締めてるみたいで」

笑顔に艶を含ませ言うと真の頬が桜色に染まった。







DVDが始まって40分。
最初触れていただけの肩に暖かい重さを感じ、視線を斜め下に向けると可愛い獲物は俺に凭れ
静かな寝息をたてていた。
起こさないようにそっと抱き上げ寝室に運ぶ。
細心の注意を払い、ベットに降ろし、シーツを掛ける。
余程、疲れたのだろう。
無邪気に眠る真の柔らかい髪を優しく撫でる。
ゆっくり眠ればいい。
時間はたっぷりある。
何故なら俺達は始まったばかりなんだから…


もっと優しくしてあげるよ。
もっと甘やかしてあげる。

もっと大切にして俺の全てで包んで―

俺じゃなきゃ駄目にしてあげる。

これは麻薬だ。
最初のうちは分からない。
しかし、徐々に神経細胞に浸透し、それ無しじゃいられなくなる。


そう、甘い麻薬―


真を俺で埋め尽くしてあげるよ。
俺以外の人間が入る隙間なんて無くなるように。
俺の思惑など知らず、安らかに眠る真の手を取りキスを落とすと俺は独り囁いた。


「愛してるよ。真」






■おわり■




novel