… 最後の恋 … 3






「どうでしたか、初めての大人のキスは?」

初めての深いキスの後、俺の胸に顔を埋めて恥ずかしさから顔を見せてくれない
直の反応が余りにも可愛くてつい、からかう口調になってしまった俺の胸を直は
拳で軽く叩いた。

「…ばか…」

まだ、顔は見せてもらえそうにはない。

「気持ち良かっただろ?」

「…知らないっ」

拗ねたように言い、腕を突っ張り俺から離れようとする。
そんな直を俺は強引に腕の中に閉じ込めた。

「まだ、ちゃんと立てないんじゃないのか?」

からかっているつもりは無かった。

「…大嫌い…」

なのに、どうやらそうは受け取って貰えなかったらしい。
直が機嫌を損ねた時に出る定番の台詞に微笑む。


大嫌い―


唯一の反撃の言葉はもはや、俺には甘い告白にしか聞こえない。

嘘つきだな、直。


「嘘つきだな。俺がいれば何も要らないんだろ?」

「…え…?」

不思議そうに俺を見上げた瞳はすぐに驚きに見開かれた。

「あっ!雅兄と飲んだんだろっ、信じらんないっ。
 もう、ほんっと、二人とも大っ嫌いっ」

腕の中で暴れ出した直の腰を引き寄せ、額に口付ける。
一瞬、抵抗が止んだ隙を狙って深く抱き締める。

「俺もだよ。お前がいれば何も要らない」

俺の告白に直は俺の腕の中で完全に抵抗を止めた。

「本当は俺が佐藤に言わなきゃいけなかった。
 悪かった、お前、一人に嫌な思いさせて」

そう、そんな事は大人の俺がしなければならない事だ。

「…なんで、謝んの?俺は恭介の恋人なんでしょ?
 俺、守られてばかりじゃ嫌だ。俺だって恭介のこと守りたい」

それは、それはとても真っ直ぐで直らしい。
直のそんな真っ直ぐなところに俺は惹かれた。

俺を守りたい?

それは違う、俺はもう、お前に守られてる。

「こんなキスくらいで立てなくなるようじゃ、まだまだ、
 俺は守れないんじゃないか?」

ともすればアルコールのせいで緩くなりかけた涙腺を悟られないようにわざと
茶化して言う。

「…しょうがないじゃん、初めてなんだから…あんなのすぐに慣れるよっ」

頬を染め、抗議する直の声を聞きながら靴を脱ぎ部屋に上がる。

「ちょっと、俺の話、聞いてんの?」

からかわれていると思って不機嫌になり出した直に俺は軽く微笑むと直の身体を
抱き上げた。

「…っ!ちょっと、なにっ!?」

「うん?」

「うんじゃないっ、なに?」

突然のことに驚いている直を抱き上げまま、俺はリビングに向かい、そこにある
ソファーに直を先に下ろし自分も腰を降ろした。

直の腕は抱き上げられた時に驚いて俺の首に回した状態のままで外れそうな気配は
ない。
そんな直の身体を優しくソファーに押し倒しそっと、顔を近付ける。

「…なに?」

さっきまでの不機嫌は何処へやら瞳は大人しく俺を見詰めている。

「慣れるんだろ?」

「…え?」

さっきまで飲んでいたラフロイグよりも深い色をした瞳は俺の言葉の意味が
分からないと言っている。

「慣れたいんじゃないのか?大人のキスに」

「…だって、それは恭介が」

「俺がしたい時にしていいんだろ?」

微笑む俺に直は困ったように視線を泳がせた後、上目使いに俺を睨んだ。

「…卑怯者…」

「今頃、気が付いたのか?」

そう、俺はお前の側にいられるのならいくらでも卑怯になれるし、ずるくもなれる。
誰に罵られても構わない。
直が側にいてくれるのなら何も怖くはない。

「…嫌い…」

「嘘つき」

「…嫌い…」

「好き、だろ?」

嘘つきな直の唇を親指の腹で撫でる。

「好きって言わないとキスするぞ」

「じゃあ、好きって言ったら?」

「それでも、キスはする」

「なに、それ?結局、するんじゃない」

呆れて笑う直の頬に手を滑らせる。

「そうだよ。なんたって俺は卑怯――…」

卑怯者だからなと続けようとした言葉は不意に近付いてきた直の唇で遮られた。
ぎこちなく入り込んでくる舌に自分の舌を絡める。

「…ん…っ……」

鼻から抜ける甘い直の声に神経を煽られる。


―直はいつ、大人になったんだろうな―


直の舌を味わいながら佐藤の言葉を思い出す。
子供だと思っていたのに…
本当に、自分からこんなキスを仕掛けるような大人にいつの間に成長したのだろう。
このままいけばキスの主導権まで握られるかもしれないと考え、心の中で苦笑する。
まぁ、そうなればそれはそれで構わない。
だが、現時点では主導権はまだ、俺に有る。
だから、今は俺の思うように直とのキスを楽しもう。
独り心の中でそう決心した俺はまだまだ、渡すつもりはない主導権を楽しむ為に
より深く直の舌を絡め取った。






■おわり■