… 君を想う時、君に酔いしれる … 後






「心境の変化はいいとして、なんで、ボウモアなんだ?」

自分もボウモアをオーダーした佐藤はさっきから執拗に俺から理由を聞き出そうと
している。

「人に話すほどの理由じゃないさ」

「随分と勿体ぶった奴だなぁ。さっさと言わないとお前の様子がおかしいって
 直にチクるぞ」

伝家の宝刀とばかりに直の名前を出してきた佐藤に俺は白旗を揚げざるおえなく
なった。

「…直に似てるんだよ」

「…え?」

「直に似てるから好きになったんだ」

「何が?」

「ボウモアが」

「何に?」

「直に」

「はぁ?」

まるで漫才のようなやり取りの後、佐藤は呆れたような溜め息をついた。

「…何処までも気障な奴だな」

「お前が言わせたんだろ」

「お前の場合、その気障さが嫌味じゃない所が余計、ムカつくんだよなぁ」

銜えた煙草をふかしながら佐藤は苦笑している。

「褒めるかけなすかどっちかにしてくれ」

同じように火を点けた煙草の紫煙を吸い込む。

「全く、俺と飲んでる時ですら直か」

からかう口調の佐藤に俺は微笑んだ。

「悪かったな。何しろ、誰かさんに夢中だったのを必死で振り向かせたんでね」

これくらいの嫌味は許されるだろう。
そんな思いから出た台詞に佐藤は意地の悪い微笑を俺に返す。

「嫉妬深い男は嫌われるぞ」

嫉妬深いという言葉に苦笑が洩れる。

毎回、バイト先まで迎えに行く俺に直は過保護だと言った。
お前の顔が早く見たい、あの時、俺はそう言って直を誤魔化したが本音は違った。

そう、本音は違う。

少しでも早く、他人の目に触れる場所から直を俺の元に連れ戻して俺の腕の中に
閉じ込めてしまいたい。

それが俺の本音だ。

嫉妬深くて年下の恋人に溺れている一人の男の本音。


「残念だが、直は俺に夢中だよ」

まるで、自分に言い効かせるように言う。

「はいはい、ご馳走さま。一人で言ってろ、俺は直を楽しむよ」

呆れたように笑って、佐藤はボウモアを飲み出した。
その佐藤と同じようにグラスを口に運ぶ。
ボウモアの奥深さに暫しの沈黙が訪れる。
全身を包み込む穏やかさに意識を浸しかけた時、それはふいに告げられた。

「心配するな、直はお前に夢中だよ」

「…え?」

まるで俺の心を見透かしたような慰めの言葉に俺は間の抜けた返事を返していた。

「お前からの電話が遅い時は必ず俺の携帯に直から電話が入る」

直と付き合い出してから俺は毎日のように自宅に戻ると帰り着いた報告の為に直に
電話をしていた。
しかし、俺からの電話が遅い時に直が佐藤に電話をしていたことは知らなかった。

「お前が何時に会社を出たのかから始まって延々、探りを入れられる」

佐藤の口調は穏やだった。

「直に言ったんだ。そんなに心配ならお前に電話したらどうだって。
 そうしたら、何て言ったと思う?」

「…さぁ」

佐藤の謎かけに俺はすぐに降参した。

「お前が調子に乗るから嫌だってさ」

調子に乗るからいう言葉の裏には健気な直が隠れている。

「あいつもあいつで必死なんだよ。嫉妬深い自分を知られて嫌われたくない。
 でも、お前の行動は気になる。で、俺に電話だ」

「…あぁ」

今更の直の不安に何を馬鹿なことをと笑えなかったのは俺も同じだからだろう。

「まぁ、そういうことだ。だから、余計な心配はするな。お前の言う通り、
 あいつはお前に夢中だよ」

豪快に肩を叩かれる。

「…お前が友人で良かったよ」

酒の力を借りて告げた本心に佐藤は笑い出した。

「今頃、気付いたのか。失礼な奴だな。詫びに今日は奢れ」

ニッと佐藤は人の悪い笑顔を浮かべて言う。

「何か最近、俺ばかり奢ってないか?」

いつもの調子に戻り軽口をきく。

「細かいことは気にするな。それと」

「それと?」

「酒の直を楽しむもいいけど本物の直も可愛がってやれよ。だから、今日は
 早く帰るぞ」

それだけを言うと佐藤はボウモアを飲み出した。

「…可愛がるか」

そんな言葉を繰り返してみて、今更ながらに自分の心にいる直の存在の大きさに
気付く。
直の存在を感じたいが為に飲み出したボウモアは俺の意図を裏切って余計に直を
思い出させるだけだった。

早く、声が聞きたい。
あの、笑顔を見たい。
そして、この腕に抱き締めたい。

これを飲んだら直に会いに行こう。

「何時だと思ってんの」

又、そう言って怒られるかもしれない。
しかし、それも仕方がない。
何故ならボウモアと同じく甘い中に潜んでる苦さも俺を酔わせる直の魅力なのだから。

そんなことを思いながらボウモアを口に含む。
溢れる香りと心地良い味わいはしかし、これから味わうだろう本物の直の心地良さに
比べれば大したことの無いように思われた。






■おわり■