… holiday … 5






フワフワと生きていた。
漂うように。
何にも縛られず、何にも執着しないで。




「お腹空いただろう?シャワーの後、ルームサービスを頼もう」

セックス中の切なそうな笑顔は消えて、オヤジはもうすっかり元の自信に溢れた渋い笑顔を
浮かべてる。

「…なんで」

「うん?」

なんで、あんな顔をしたくせにアンタは今、笑ってんの?
あの顔がなかったように…

「なんで…あんな顔するんだよ」

初めての夜から不思議だった。
どうして、あんな顔をするのか。
どうして、一人であんな顔をするのか。

「あんな顔?」

オレの質問にオヤジは分からないといった口振りだった。

「…寂しそうな顔だよ」

ベッドの上に体を起こして、オレはオヤジに体と顔を向けた。

「寂しそうな顔なんてしたかな?」

オヤジは余裕だった。

仕事に優れてる人間は全てにおいて優れてる。
だから、全てに優れてるオヤジがガキのオレを誤魔化すなんてワケない。
そう、ワケない。

「オレにウソつくなよ…オレ、バカだけどアンタのことは分かるよ。てゆうか、
 アンタのこと分かりたいよ」

真っ直ぐ心からオヤジを見つめて言った言葉にオヤジの顔から余裕の笑顔が消えた。

「直人…」

困ったような切なそうで泣きそうな、それでいて少し嬉しそうなオヤジの顔。
それはオレが初めて見るオヤジの顔だった。

「なんて言えばいいんだろうね。僕は君の、直人の最初で最後の相手になりたいんだ。
 特に最後の相手にね」

穏やかなのにオヤジの笑顔は自嘲気味だった。

「だけど、直人は若い。そして、直人の未来を縛る権利は僕にはない」


オレの未来を縛る権利?

オヤジの言葉が複雑であれば複雑なほど、オレにはバカげた話に思えた。

「せめて、直人の記憶に残りたい。だから、あの日、初めて直人の部屋に
 行った時、直人を抱かなかった。あの時、直人を抱いていたら僕は直人の
 中で今まで付き合ってきた男達と一緒になってしまうだろう?」

余裕満々な紳士は時にワガママになる。

「直人の未来を縛りたいんだ。僕は自分勝手だろう?」

自信に溢れてて、全てに余裕で。
そして
そして…

「…アンタって、最高にバカ」

ベッドから起き上がり、バスローブを着たオヤジの前に立って、オヤジを見上げながら溜め息を
ついたオレをオヤジは驚いた顔で見た。

ホント、バカ。
バカだよ、アンタは。


「何ぐちゃぐちゃと詰まらないこと考えてんだよ。オレの未来を縛るってなんだよ。
 オレはアンタに縛られてアンタと一緒にいるワケじゃないよ。オレがアンタと
 一緒にいたいからいるんだろ?バカ」

オヤジの頬を右手でつねり、オヤジを睨みつける。
オレの突然の行動にオヤジは驚いた顔のままだ。

「いい歳してそんなこともわかんないなんてバカじゃないの?ずっとオレと
 いたいんだろ?オレに惚れてるんだろ?しっかりしなよ」

「直人…」

オヤジの頬をつねってた手を今度はオヤジの頬に滑らせる。
オヤジは自分の右手で目頭を隠した。

「かっこよくて強いアンタも好きだけど弱いアンタもオレは好きだよ」


誰かを本当に好きになるってそういうことだろ?
それをオレに教えてくれたのはアンタだろ?

カッコ悪くてもいいよ。
弱くても。
自分勝手でも。


「今、オレの目の前にいるアンタが好きだよ。それだけでいいじゃん」

他に重要なことなんてないじゃん。

相手の丸ごと。
ありのまんまの相手を受け入れるっていうのが相手を大切にするってことだろ?
オレの目での問掛けにオヤジはやっと笑った。

「直人は僕を操るのが巧いね」

「それってオレでも少しはアンタの役に立ってるってこと?」

誰かの役に立ちたいって、そういう気持ちがオレの中にあるってのを教えてくれたのもオヤジだ。

「少しどころか十二分に、ね」

子供のような笑顔で照れたように笑うオヤジは今までオレが見たどんなオヤジよりもカッコ良かった。

「じゃあ、役に立ったお礼にうんと旨いモノ食べさせてよ。オレ、もう腹減って限界」

実はオヤジと一緒にここに来れてオレは結構、嬉しかったりする。
でも、ホラ、恋愛って駆け引きが必要でしょ?
だから、“一緒にいれて嬉しい”なんてセリフは年に三回くらいしか言ってやらない。
だって遊び慣れたオヤジにそんなこと言ったらオヤジは手を抜くかもしれないから。
て、そんなオレの子供じみた駆け引きなんて恋愛上級者のオヤジにはお見通しな気もするけど…
まぁ、いいか。
だって、うだうだと考え込むのはオレの性に合わないから。

「いいよ。何でも直人の好きな物を頼もう」

すっかり立ち直ったオヤジは相も変わらずの渋い大人の笑顔だ。

「でも、その前に」

「ん?」

その前にという言葉にオヤジを見上げる。
その見上げた先にある片眉だけを上げたオヤジの顔に嫌な予感がしたと同時にオレはオヤジの
腕で抱き上げられていた。

「ちょっと?」

コレって、オイ…

「うーん、ねぇ?」

ねぇ、じゃないよ、エロオヤジ。
と思ってる間にオレの体は優しくベッドの上に戻された。

「ねぇってさぁ、アンタ…」

「だから、いくらでも直人の好きな物を頼もう。後でね」

すっかり、その気になってるオヤジにオレの大袈裟な溜め息はもう聞えていない。

「…エロオヤジ」

多分、呆れ気味のこのセリフも聞えてはないんだろう。

「僕がその気になるのは直人にだけだよ」

聞えてない証拠にオヤジはもうオヤジ臭い口説き文句を口にしてる。

「ハァ…」

十三歳も年上のくせに甘えんなよなと思いつつも近付くオヤジの唇にオレは目を閉じる。
しゃーないか、今日もアンタ、仕事頑張ったもんね。
それにここにも連れて来てくれたし。
それに。
それにアンタのこと好きだし。
だから、出張の間くらい甘やかせてやるか。

ゆっくり、優しく忍び込んでくるオヤジの舌に自分の舌を絡める。
さっき、一度、味わった快感に体はすぐに先を求める。
どうやらオレはまだ夕食にはありつけそうにない。






■おわり■