… 
egoist …











何をやってるんだか…


煌びやかで美しいけれどどこか冷たい街の夜景を眼下に眺めながら俺は溜息をついた。

都内のシティホテルで開かれてる雄一の会社の創立記念パーティを途中で抜け出してから
2時間近く。


『社長からのご伝言です。上の部屋でお待ち下さいとのことです』


パーティの途中で雄一の秘書の新川(あらかわ)さんから俺はそう言われカードキーを
渡された。

わざわざスィートなんて取らなくてもいいのに勿体ない。
それにこんなに広い部屋で俺に独りでナニしてろって言うんだよ。

なんて思うのはひとえに俺がワンルームマンションに慣れた庶民だからだろう。
部屋に入った瞬間、そう思って広い部屋で一人ぼっちの俺は手持ち無沙汰に取りあえず、
シャワーを浴びた。

まったく、俺の“コイビト”は何を考えてるのか。

お湯をはったバスタブにつかりテレビをつける。
俺のワンルームマンションには絶対についてないジェットバスは快適で俺は久し振りに
ゆっくりお湯に浸かりながら俺の恋人じゃない社長の顔をしていた雄一のことを考えた。

「急に創立記念パーティに来いって言ったかと思ったら急に部屋で待ってろ、なんてさぁ、
 まったく、なんなんだか…」


本当、あの我が侭勝手なエゴイストオヤジ。

と、心の中で毒づいてみても俺に心を許してるからの自分にだけ向けられる、あの我が侭が
可愛いのも事実で。
結局は好きだからという理由でいつもあの我が侭を許してしまう自分に俺は苦笑するしか
なかった。

広い部屋でお風呂にも入って何もすることがなくなった俺はソファに座ってテレビをつけた。
リモコンで番組を何回か変えて、適当な番組で止める。
だらだらとテレビを見続けて2時間ちょっと、待ち人のエゴイストはネクタイを指で緩めながら、
幾分か疲れた様子で部屋に現れると俺の横に座り俺に軽いキスをしてきた。

「お疲れ」

触れるだけの挨拶のようなキスの後、社長の大役をこなした雄一を労う。

「年寄りの話は長くて困ったもんだ」

精悍な顔に少し疲れの色を滲ませ苦笑する大人の男の様子は最高にセクシーで俺は雄一の
頬に指で触れる。
その俺の指を握りキスをすると雄一は苦笑を深くした。

「もう着替えたんだな」

「ん?」

何を言われたのかすぐには分からなくて聞き返した俺の足を引き上げ雄一は自分の腰に
絡ませる。

「スーツだ。良く似合ってた。もう少し見たかった」

バスローブの裾から入り込んだ手は俺の太腿を撫でている。

「…自分が買ったくせに」

「そうだな」

憎まれ口の返事を返した俺に雄一は微笑む。

雄一の会社の創立記念パーティに誘われた俺は着ていくスーツが無いと断わった。
仕事柄、公式な場所に着ていくスーツを俺は持っていない。
あるのは学生の時に就職活動の為に買ったリクルートスーツくらいだ。
それに、元々、スーツは好きじゃない。
しかし、スーツが無いことを理由にパーティを断わった俺に雄一は


『じゃあ、買いに行こう』


と言って雄一が利用しているという某有名ブランドショップに連れて行かれた。

あれも似合いそうだ、これも似合いそうだと普通の顧客なら存在さえ知らないだろうショップの
1室でまるで着せ替え人形のように何着も試着させられて、うんざりした俺とは反対に
ショップのソファにゆったりと腰掛け足を組んだ雄一は試着室から俺が出て行く度に
楽しそうに目を細めていた。


『……オヤジ』

『男の願望だろう?』


俺の嫌味さえ楽しそうに聞いている。
その余りにも楽しそうな顔が憎らしくて。
憎らしいのに可愛くて俺は雄一の我が侭に付き合った。

放っておけば俺が試着したスーツ全部を買いそうな雄一を何とか説得して俺は試着した中の
1着を買って貰った。














「君のスーツ姿をゆっくり見たかった」

「…あんたが来るまで待ってたら皺になるよ…」

悪戯に太腿の内側を撫でる雄一の手に次を期待して息が弾む。

「…それにそんなに俺のスーツ姿を見てたかったんならパーティで見てれば
 良かっただろ…」

俺をパーティから抜け出させたのはあんただろ?
自業自得だという意味を込めて言うと雄一は不機嫌そうな顔付きになった。

「……来客が君を見てた」

「…は…?」

太腿を撫でる手は止まった。

「…来客の連中が君を見てたんだ。他人に君をあんな目で見られて平気で
 いれる訳ないだろう」

「…あのねぇ…」

30歳を過ぎた男が何、子供じみた焼きもちを妬いてるんだか。

「じゃあ、パーティになんか呼ばなきゃいいだろ…」

そんな焼きもちのせいで俺はご馳走を食べ損ねたのか。
呆れて溜息をついた俺に雄一はバツが悪そうな顔をする。

「……男の常だろう。惚れた相手に自分の勇姿を見せたいってのは」

「勇姿って…」

余りにも単純な答えに俺は雄一の顔をまじまじと見つめた。

自分のかっこいい姿を見せたくてパーティに呼んだけどパーティに来ていた人間に俺を
見せたくなくて部屋に上がらせたって。

本当、なんて言うか…


「…あんた、何歳だよ」

中学生じゃあるまいし。

「しょうがないだろ。君を誰にも見せたくないんだ。君を見る奴を全員、
 殺してやりたいくらいに」

開き直ったのか雄一はそんな告白をすると真剣な目で俺の目を真っ直ぐ見つめてきた。

単純過ぎて子供過ぎて笑えない。

笑うどころか一直線に真っ直ぐに向けられる怖いくらいの情熱に心が捕われていく。
愛しさが込上げてくる。

そっと雄一に近付き雄一の額にキスをする。


「カッコ良かったよ、今日のあんた。惚れ直した」


一旦、言葉を切り雄一の目を見つめる。

本当に今日の雄一はカッコ良かった。
自分よりも年上ばかりの人が多い中を堂々と背筋を伸ばし威厳を纏い威嚇にも似た
鋭い視線を時々、瞳に浮かべながら歩く様は絵になっていた。

げんにパーティ会場に来ていた女性達はそんな雄一を溜息混じりに見つめていた。
て、雄一だって見られてたじゃん。
なのに自分を見つめる視線には気付かず俺を見ている視線には気付くなんて。

呆れるほどの真っ直ぐさを持つ男に愛しさが湧いてきてその愛しさのままに男の顔を
そっと引き寄せキスをする。

「誰が俺を見ようと俺が好きなのは雄一なんだよ」

まるで子供に言い聞かすように言った俺を雄一が抱き締めてくる。
その雄一の首に腕を回すと俺は雄一の足の上に跨った。

「このまま、あんたを食べたいとこだけど俺、焼きもち焼きの誰かさんのせいで、
 ご馳走食べれなくてお腹空いてるんだよね」

茶化して言う俺を見る雄一の瞳に優しい色が浮かぶ。

「ルームサービスを頼もう。何でも智春の好きな物を好きなだけ頼めばいい。
 獲物は肥らせてから食べる主義なんだ」

雄一を食べると言った俺に意趣返しのような言葉が返ってくる。

「俺に食べられるのは、あんたの方だと思うけど?」

尚も食い下がる俺に雄一は微笑う。

「じゃあ、君が好きなだけ思う存分、俺を食ってくれ」

さっき、パーティで見た社長の顔とは違う俺だけに見せる子供のような無邪気な笑顔が
嬉しくて、そっと、雄一の髪を撫でた俺の指は、すぐに雄一の大きな手に包まれる。

「だが、俺よりも確実に君の方が美味い」

掴まれた指は雄一の唇に引き寄せられ緩く噛まれる。

「……あんたって…ずるい…」

こんなことをされたら食事どころじゃない。

「さぁ、何を頼もうか?」

批判を込めて睨み付けた俺に雄一は涼しい顔をして聞いてくる。

こんな悪知恵を考え付くところだけは立派な大人なんだから…

でも一度自覚した欲望は簡単には消えてくれなくて。
ルームサービスを諦めた俺は雄一の耳元で囁いた。


「あんたを食べたい…」






■おわり■




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