… 
breathe … 2










路肩に停めた車の中で煙草に火を点ける。
火を点けた煙草の煙を肺に吸い込み、フロントガラスの向こうに目を凝らすと5人の
若い男に手を振った後、俺の車を見付け、真っ直ぐこっちに向かって歩いて来る巧己が
見えた。

ロックを外した助手席のドアを開け、巧己が車に乗り込んで来る。
巧己は助手席に体を沈めると安心したように少し息を吐いた。

「すみません。迎えに来てもらって…」

一旦は沈めた体を少し浮かせ、巧己が心配気に俺を見る。
俺を見る巧己の目元は少し紅く染まっていた。
若い男同士が集まったら行く所なんて決まってる。
まだ、学生の若い男達の胃袋を満たすのは質よりも量の居酒屋だろう。

「謝ることはないよ。迎えに行くと言ったのは俺だからね」

優しく微笑み、頬に手を滑らせる。

「少し飲んだのかな?目元が紅いね。耳も」

頬に滑らせた手を耳に移動させ、耳の形をなぞる。
耳への愛撫に巧己はびくと身体を反応させた。

「…みんなで居酒屋に行ったから…」

「そう、楽しかったみたいで良かった」

「はい、楽しかったです。俺、こんな風に友達と飲んだのなんて、久し振りで…」

嬉しそうな笑顔を浮かべ話す巧己に少しだけ、胸の奥に不快感が走った。
自分以外の人間と過ごしたことを楽しそうに話す巧己を滅茶苦茶に泣かせたいと
思った。

「巧己が楽しそうで俺も嬉しいよ」

しかし、そんなことを巧己に悟られて巧己の信頼を失うようなヘマはしない。

「有吉さん…」

俺の言葉と笑顔に巧己は驚いた顔をしてから更に幸せそうな笑顔を浮かべる。
他に関心が移ったのなら又、自分に向ければいい。
それだけのことだ。

「まただ、忘れっぽい口にはお仕置きが必要かな?」

「あ…」

名前ではなく名字を呼んだことを俺に指摘され、巧己がしまったという顔をする。

「…ごめんなさい」

俺の様子を窺いながら謝る姿は余りにも幼く見えて。
だからこそ、ベッドで乱れる妖艶な巧己を思い出させた。

「マンションに戻ったら俺にも巧己の楽しさを分けて欲しいな」

車のエンジンをかけながら言う俺に巧己は不思議そうな顔をする。

「ベッドでね」

すかさず続けた俺に巧己は意味を理解して頬を染めながらも軽く頷くと俺の太股に
手を滑らせてきた。




























「は…ぁん…っ」

俺の指の動きに巧己は日に焼けていない細い首を反らす。
その剥き出しになった首に俺は歯を立てた。
その間も俺の指は巧己の中で巧己を乱れさせる為に蠢いている。

浅く深く。
緩やかに激しく。


「や…っ…も…りょいち…さんっ」

早く来て欲しいと、自分の中に来て欲しいとねだる言葉を口にする唇は何度もしたキスの
せいで色付いて、濡れて。
俺を誘っていた。

「指だけじゃ達けそうにない?」

達けないような指の動かし方をしてる癖に耳許で囁く。
俺の意地悪な問いに耳まで紅く染めると巧己は小さく頷いた。

「ほら、巧己の欲しい物はここにあるよ」

散々、巧己を味わっていた指を抜き、肩に回ってる手を俺自身に導いてやる。
巧己は俺に導かれた指を俺自身に絡めるとゆっくりと動かし始めた。
男同士なのだからどこをどうすれば気持ちいいのか分かりきってる愛撫に俺自身も
高まっていく。
巧己が洩らす吐息は俺を愛撫しているのに自分も感じていることを雄弁に語っていた。

「もう、いいよ」

柔らかい声音で囁くと巧己の手は俺を自らの手で俺を受け入れる場所へ導いた。
そして、俺は俺自身を巧己の中に埋め込んでいった。

「んっ…ぁ…!」

俺自身を受け入れる苦しさで、眉根を寄せる表情も右目の下の泣きボクロも俺の首に
絡み付く腕も、全てが淫らで美しい。
いや、淫らだからこそ美しい。

昔、何かの映画で許されぬ不倫の果てにお互いの身体を繋ぎ合わせたまま、死ぬという
シーンを見た。
その時には陳腐だと思ったシーンが今なら理解出来る。

このまま、巧己と繋がったまま、死ねるのなら…

それは至高の幸せだ。



友人達と飲んだアルコールのせいもあるのだろう。
いつもに増して巧己は乱れた。
何度も俺の名前を呼び、俺の腰に足を絡ませ、自ら腰を擦り付け、キスをねだった。

散々に愛し合って、全ての熱が去っても俺は巧己の中に自分を埋め込んだまま、巧己を
背中から抱き締めていた。

欲望を吐き捨てた後、誰かを抱き締めたいと思ったのは巧己が初めてだ。
だが、いつまでもこうしている訳にもいかない。
俺は巧己の髪にキスを落とすと上体を起こそうとした。

「シャワーを浴びようか?」

いつものように声を掛け、肩を撫でる。
しかし、振り向いた巧己の表情はいつもと違って曇っていた。

「…もう少し…もう少しだけこのままで」

巧己はそれだけを言うとすぐに顔を背けた。

「巧己?」

あんなに幸せそうな顔をしていたのに。
巧己の不安気な顔の理由が俺には分からなかった。

「いいよ。巧己がこのままがいいなら何時までも、一晩でも、ずっと、こうしていよう」

起こしかけた上体を又、元に戻し、巧己の髪にキスを落とす。
そっと腕を巧己の体に回し、巧己を抱き締めると巧己は俺の手を握り締めてきた。
付き合い始めてから半年以上が経つがこんな巧己を見たのは初めてだった。

「……稜一さんは優しいから」

「うん?」

ようやく聞き取れるような声だった。

「…不安になるんです」

巧己の次の言葉を俺は黙って待った。

「…学校にも行かせて貰って、自由に遊びにも行かせてくれて」

巧己が何を不安に思っているのか、まだ、俺には分からない。

「俺が楽しそうにしてると嬉しいって言ってくれて…今日だって、楽しかったけど。
 でも…」

「でも?」

「……自分勝手な我が侭だってことは分かってます。でも…でも、俺は妬いて
 欲しかった」

消えそうな声の告白に俺は微笑んでいた。
文字でしか知らない“愛しい”という言葉の意味がようやく、分かった気がした。




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