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俺がカイだということまで調べているのなら、俺の全てを知っているのだろう。
そんな相手に今更、嘘や誤魔化しを語ったところで何になるのか。
そんな諦めに似た気持ちもあった。

「復讐ですよ」

「復讐?」

そうだ。
復讐だ。
欲なんてない。

俺の全てを知っているくせに貴志は俺の言葉を繰り返す。

「父を死に追いやった奴への復讐です」

そう、今でも昨日のことのように鮮明に覚えている。
目なんか閉じなくても、いつだって記憶は、すぐに手を伸ばせば触れられるんでは
ないかと思うくらい鮮やかに蘇る。
そう。
マンションの部屋の中、天井からぶら下がる父の項垂れた姿は手を伸ばせば、すぐ、
そこにある。

利用する人間が悪いのか、それとも利用される人間が愚かなのか。
そんなことを何十回も何百回も考えた。
何が正義で、何が悪か分からなくなるくらい。
だけど、いつも行く着くのは、父を裏切った奴への憎しみだけだった。

代議士、畠中義剛(はたなかよしたけ)。
父が師事し、尊敬していた畠中は父を裏切った。
自分が手を染めた収賄という罪を父に被せて。
何故、自分の冒した罪を議員秘書の父に押し付けるような卑怯者の畠中のために父が
畠中の罪を被ったまま自殺したのかは今でも分からない。
何故、そこまでして、あの畠中を守ったのか。
議員秘書という仕事が自分の命をかけてまで代議士を守る仕事で、ただ、自分の仕事に
父が忠実だったと言ってしまえば、それまでだ。
だけど。
それでも、俺は畠中が許せない。
畠中と愛人だった母との間に出来た俺を引き取り、本当の自分の子のように育てて
くれた父を自殺に追いやった畠中を許せない。

「復讐、か」

静かな部屋の中、皮肉げな笑みを口元に浮かべ、俺を眺めながら呟く貴志の低い声だけが
聞こえる。

「なぁ、カイ、そんな趣味のねぇ野郎もその気になるほどキレイなツラしてるくせに、
 お前が喰えねぇ奴なのは親父の血のせいか?」

親父の血。

からかい口調の貴志の言葉に貴志と同じように俺の口元に皮肉混じりの笑みが浮かぶ。

「そうですね。あの男の血のお陰でしょうね」

あれほど忌み嫌った血なのに悪運に恵まれているのはこの血のお陰かもしれない。
何故なら、偶然、親しくなった刈谷から貴志に辿り着いたからだ。
全盛期に比べ、今、畠中の求心力は落ちている。
そんな畠中にとって俺の存在は危険因子だ。
だけど、今の俺の力で畠中に与えられるのは掠り傷ぐらいだ。
そう、今の俺では反対に畠中に潰される。
だけど、貴志の後ろ盾があれば。
今までの会話から貴志が、何を考えているかは掴めない。
でも、さっきの喰えない奴という言葉は俺に微かな希望の光を見出させ、俺はその言葉に
縋り、貴志の目を真っ直ぐ見詰めた。
そして、そんな俺に貴志は目を細めると口を開いた。

「なぁ、カイ、お前に一度、突っ込んだら、もう他じゃ満足出来なくなるってのは
 本当か?」

俺の反応を見ているんだろう。
貴志は値踏みするような視線を俺に向けていた。
そして、俺はそんな貴志を見据えたまま微笑った。

「確かめてみますか?」

はなから担保は、この身体一つだけだ。
この手垢にまみれた身体で貴志の後ろ盾が得られるなら安いものだ。
そう思い、答えた俺に貴志は前屈みになっていた体を起こすと又、ソファの背凭れに
背中を預けた。

「へぇ、じゃあ、ここで試したいって言ったら、どうするんだ?」

足を組み替え、貴志が俺を挑発する。

「僕は構いませんよ」

「こいつらも一緒だと言ってもか?」

冗談なのか、本気なのか貴志は顎で後藤と後藤の横に立つ二人を指し示す。

「構いません」

でも、貴志の言葉が本気でもここまで来た以上、後戻りする気はなかった。

「さすが畠中の息子だけはある。中途半端な肝の据わり方はしてないってことか」

誉めているのか、皮肉なのか貴志の顔からは分からない。

「さぁ、どうします?なんなら、今すぐ脱ぎましょうか?」

だから、微笑みを顔に貼り付けたまま俺は貴志に迫った。

一瞬、ほんの一瞬だけ、貴志が真顔になる。
だけど、それはすぐに消え、貴志は笑い出した。

「分かった、分かった。俺が悪かった。悪ふざけが過ぎた」

笑いながらの貴志の言葉で、終わりの見えなかった駆け引きが終わったことが分かった。

俺は、合格したのか、それとも不合格だったのか。

「おい、後藤、仲間と谷中、連れてしばらく出てろ」

「はい」

貴志を見詰め、答えを待つ俺の前で貴志は後藤に命令する。
その貴志の命令に従い、後藤達が出て行くと部屋の中は俺と貴志の二人だけになった。

二人きりの部屋でテーブルだけを挟み、貴志と正面から向かい合う。
貴志だけになったことで部屋の中を占めていた威圧感が殆ど貴志だけのモノだったと
分かった。

「いるのは五億だったな?」

「はい」

二人きりの部屋で貴志は胸ポケットから携帯を取り出し、ボタンを押す、とそれを耳に
あてた。

「俺だ。今から電話を代わる。だから、そいつが言う口座に五億、振り込んでやれ」

電話相手は待機していたんだろう。
すぐに繋がった電話相手に指示を出すと貴志は自分の耳にあてていた携帯を俺に差し
出してきた。

「振込先の口座を言え。お前が指定した口座に五億、振り込む」

自分で要求した金額なのに五億という額を改めて貴志から聞くと少しだけ緊張した。
だけど、その緊張を貴志に悟られないように俺は差し出された携帯を受け取ると、それを
耳にあて、電話向こうの顔も知らない相手に俺個人名義の口座を伝えた。




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2008.11.22